谷中・根津・千駄木「谷根千」を歩く――東京の「古くて新しい」 | NETOKYO
谷中・根津・千駄木エリアの歴史と、地域雑誌「谷根千」が果たした役割を、公開情報をもとにまとめた編集記事です。 · NETOKYO Editorial
東京都台東区・文京区にまたがる谷中・根津・千駄木――通称「谷根千」。第二次世界大戦の空襲被害を比較的免れたため、明治・大正期の木造建築や路地が今も数多く残る。この地域が全国的に知られるきっかけを作ったのは、1984年に地元の3人の女性が創刊した地域雑誌「谷根千」だった。
「谷根千」という名前の由来
「谷根千」は谷中・根津・千駄木の頭文字を組み合わせた呼び名で、もともとは1984年に創刊された地域雑誌『谷根千(やねせん)』(正式名称:地域雑誌・谷根千)に由来する。作家の森まゆみ氏を含む地元の3人の女性が中心となって創刊したこの雑誌は、専門の出版社を介さない住民主体の地域誌として、寺社・商店・路地の記憶を丹念に記録し続けた。1990年代以降、この呼び名が地域全体を指す通称として定着し、現在では観光ガイドや不動産広告でも一般的に使われている。
地域雑誌『谷根千』は1998年まで発行され、通巻94号で休刊した。単なる観光情報誌ではなく、古老への聞き取りや町の歴史調査を積み重ねる形式を取っていたため、後年多くの研究者・まちづくり関係者が谷根千地域の変遷を調べる際の一次資料としても参照されている。地域を「編集する」という発想そのものが、後の日本各地のローカルメディア・タウン誌ブームに影響を与えたとも評価されている。
なぜ空襲を免れたのか
谷根千エリアが今も昭和以前の町並みを色濃く残している最大の理由は、1945年の東京大空襲による被害が周辺地域に比べて限定的だったことにある。台地上に位置し、密集した木造家屋が広範囲に燃え広がりにくい地形だったことに加え、軍需工場や主要駅などの標的が少なかったことも要因とされる。結果として、明治・大正期に建てられた木造住宅や土蔵、路地の街区構造がそのまま残り、後年「東京の中で最も古い東京が見られる場所」として再評価されることになった。
東京23区の多くは戦災復興土地区画整理事業により道路が拡幅され、街区が大きく作り直された。これに対し谷根千は区画整理の対象から外れた区域が多く、江戸期・明治期の狭い路地割りがそのまま残った。道幅が狭く曲がりくねった路地は、車社会以降の都市計画では非効率とされがちだが、谷根千では逆にこの「歩いてしか回れない」構造そのものが、路地歩きを楽しむ観光資源として再評価されることになった。

谷中――寺町と猫と夕やけだんだん
谷中は寺院密集地域として知られ、江戸期からの寺町の性格を今に伝える。谷中霊園には徳川慶喜をはじめ著名人の墓所が点在し、桜の名所としても知られる。谷中銀座商店街とその入口の階段「夕やけだんだん」は、夕方に商店街を一望できる撮影スポットとして定着した。谷中はまた「猫町」という愛称でも知られ、路地や商店の軒先で猫を見かけることが多いことから、猫をモチーフにした雑貨店・カフェが集積するようになった。
根津――つつじの神社と花街の記憶
根津のシンボルは根津神社である。1706年(宝永3年)に現在の社殿群が造営されたと伝わり、権現造の本殿・幣殿・拝殿および楼門などが国の重要文化財に指定されている。境内のつつじ苑には約100種3000株のツツジが植えられ、毎年4月には「文京つつじまつり」が開催される。根津はかつて花街としても栄えた歴史を持ち、現在も路地に当時の面影を残す建物が点在する。
千駄木――文人が愛した坂の町
千駄木は近代日本文学と縁の深い土地である。森鷗外が晩年を過ごした旧居「観潮楼」跡地は現在「文京区立森鷗外記念館」として整備され、鷗外の資料を展示している。夏目漱石もこの一帯に居住した時期があり、周辺には文人ゆかりの坂道――「団子坂」「藪下通り」などが今も残る。高低差のある地形と入り組んだ坂道は、谷根千を歩く楽しみの一つとされている。
- → 谷中霊園・谷中銀座商店街・夕やけだんだん(谷中)
- → 根津神社・つつじ苑(根津)
- → 森鷗外記念館・団子坂(千駄木)
- → 各エリアをつなぐ「よみせ通り」「へび道」などの路地
保存か再開発か――谷根千が投げかけたもの
谷根千は都市計画・まちづくりの分野でもしばしば参照される事例である。木造住宅密集地域は防災上の課題(狭い道路・老朽木造建築による延焼リスク)を抱える一方、地域雑誌『谷根千』の活動を通じて、古い町並みや路地そのものに文化的・観光的価値があるという認識が広がった。行政による再開発と、住民主体の町並み保存運動との間でどうバランスを取るかは、谷根千に限らず日本各地の歴史的市街地に共通する論点であり、谷根千はその先行事例としてしばしば取り上げられる。
近年は空き家を改修したカフェ・ゲストハウス・工房への再活用も進んでいる。取り壊して新築するのではなく、古い建物の骨組みを生かしながら手を入れる「リノベーションまちづくり」の実践例として、谷根千は建築・不動産分野からの視察や取材も多い地域である。人口減少と高齢化が進む中で、古い建物と路地をどう次の世代に引き継ぐかは、谷根千が抱え続けている現在進行形の課題でもある。
よくある質問
- 谷根千へのアクセス方法は?
- 谷中はJR日暮里駅・千駄木は東京メトロ千代田線千駄木駅、根津は同線根津駅が最寄りです。3エリアは徒歩で回遊できる距離にあります。
- 谷根千という呼び方はいつから使われていますか?
- 1984年創刊の地域雑誌『谷根千』に由来し、1990年代以降にエリア全体を指す通称として定着しました。
- 谷中霊園は誰でも入れますか?
- 公営霊園として一般開放されており、散策や参拝目的での立ち入りが可能です。ただし墓参者への配慮は必要です。
- つつじまつりはいつ開催されますか?
- 例年4月に「文京つつじまつり」として根津神社周辺で開催されます。開催期間は年により異なるため、最新情報の確認をおすすめします。
