「円安ホクホク」発言の波紋――東京の家計を圧迫する物価高の実態

第一生命経済研究所レポート・日本経済新聞の経済学者調査等をもとにまとめた編集記事です。  ·  NETOKYO Editorial

「円安だから悪いと言われるが、輸出産業にとっては大チャンスだ。外為特会の運用もホクホク状態だ」――2026年1月31日、高市首相が川崎市の街頭演説でこう語った。物価高に苦しむ有権者からすれば「冷笑」と映りかねない発言は、後に本人が釈明に追われる騒動に発展した。円安をめぐる東京の空気を象徴する出来事だ。

東京都区部の物価、具体的な数字

総務省統計局・東京都統計による2026年8月分(中旬速報値)の東京都区部消費者物価指数は、生鮮食品を除く総合で前年同月比プラス1.8%、市場予測を上回る伸びとなった。品目別では生鮮食品を除く食料がプラス3.6%(7月のプラス3.8%からは伸び率縮小)。一方でコメ類はマイナス14.2%と、在庫増に伴う特売が物価全体を押し下げている。エネルギー価格は全体でマイナス2.0%だが、灯油だけはプラス11.6%と、旧暫定税率廃止の恩恵が及んでいない項目もある。診療代(高額療養費制度の自己負担上限引き上げでプラス3.2%)、JR普通運賃(民営化後初の値上げでプラス9.1%)、任意自動車保険料(プラス5.9%)も家計を圧迫している。

第一生命経済研究所の永濱利廣氏は「2026年のインフレ率は+1.8%程度、2025年の+3.1%からは鈍化する」と予測する一方、「4人家族の家計負担は2025年に+15.3万円、2026年はさらに+8.9万円増加する見込み」と試算している。政府の物価高対策(ガソリン税暫定税率廃止、電気・ガス負担軽減策等)による軽減効果は4人家族で▲2.5万円にとどまる。

食パンが平均6.6%値上げ

2026年7月には2,269〜2,566品目が値上げされた。山崎製パンの「ロイヤルブレッド」「ダブルソフト」、敷島製パンの「超熟」など食パン類は平均6.6%、菓子パンは平均5.0%、和菓子・洋菓子は平均6.4%の値上げとなった。即席麺でも東洋水産「赤いきつねうどん」、サンヨー食品「サッポロ一番カップスター」、エースコック「スーパーカップ1.5倍シリーズ」などが一斉に値上げされている。値上げの直接要因として挙げられたのは、中東情勢によるナフサ(プラスチック原料)高騰による包材コスト増、そして6月30日に1ドル=162円台という39年半ぶりの円安水準を記録したことによる輸入コスト増だ。

スーパーの食品売り場
2026年7月には食パン類が平均6.6%値上げされるなど、値上げが相次いだ

値上げ要因の1.6%だけが「円安」

興味深いのは帝国データバンクの調査だ。2026年の値上げ要因は原材料高が99.9%(4年連続で9割超)、人件費66.0%(過去最高)、物流費61.8%、包装・資材81.3%という内訳になっている一方、「円安」を直接要因とする値上げはわずか1.6%で過去最低水準にとどまった。円安そのものが表立った値上げ理由として名指しされることは減っているが、これは円安の影響がなくなったのではなく、「原材料高」という別の言葉の中に埋め込まれる形に変化していると見るべきだろう。2026年1〜4月だけで3,593品目の値上げが決定しており、調味料が1,603品目で最多だった。

5年で4割上昇した建設コストという構造要因

円安と並んで物価高の背景にあるのが、建設・労務コストの上昇だ。労務単価は2013年の1万5,175円から2023年には2万2,227円まで、10年で46.5%上昇している。建設コストはこの5年で約40%上がったという分析もあり、為替(2021年110円台→2024年150円超)に加えて、いわゆる「2024年問題」(建設業への残業規制強化)による工期の長期化が、住宅価格を含む幅広いコストを押し上げる構造要因になっている。

「円安ホクホク」発言の顛末

物価高が家計を圧迫する中、政治家の発言が波紋を呼んだ。高市首相は2026年1月31日、川崎市の街頭演説で「円安だから悪いと言われるが、輸出産業にとっては大チャンスだ。外為特会の運用もホクホク状態だ」と発言。しんぶん赤旗はこれを「『円安ホクホク』高市首相 物価高の苦しみを冷笑」と批判した。首相は後にX(旧Twitter)で「一部報道機関で誤解がある」と釈明し、為替変動に強い経済構造についての話だったと説明したが、市場はこの発言を円安容認のシグナルと受け止め、円売りが加速する結果になった。

経済学者50人調査、74%が「マイナス」

日本経済新聞が実施した経済学者50人への調査では、「円安は日本経済にとってプラスがマイナスを上回るか」という問いに対し、「全くそう思わない」18%、「そう思わない」56%と、合わせて74%が円安をマイナスと評価した。プリンストン大学の清滝信宏教授は「家の値段が上がるなど、経済厚生を下げる悪影響が大きい」と指摘。大阪大学の大竹文雄特任教授も「食料品や原材料価格を引き上げ、日本人の生活水準を下げる」と述べている。一方で野村総合研究所の木内登英氏は「円安は企業収益や輸出競争力にプラスの面がある一方、物価高を通じて個人にはマイナス面がある」と両論を併記する立場を取っている。

為替レートのボードのイメージ
経済学者の間では円安を経済全体にとってマイナスと評価する声が7割を超えた

強気・弱気に分かれる今後の見通し

円相場の今後をめぐっては専門家の見立てが割れている。楽天証券系の唐鎌大輔氏は「マーケットはあまり良くないと見ています」と述べ、河田皓史氏も「高市首相も日銀も、企業も家計も、これ以上の円安は望んでいません」と警戒感を示す。一方、野村證券は2026年後半に日銀の利上げとFRBの利下げを背景に1ドル=150円を再び割り込み、140円台前半まで調整するとの予想を示し、大和アセットマネジメントも2026年末にかけて146円までの円高進行を予想している。円安の長期化を懸念する声と、年後半の反転を見込む声が交錯する状況が続いている。

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よくある質問

2026年8月の東京都区部の物価上昇率はどのくらいですか?
生鮮食品を除く総合で前年同月比プラス1.8%でした。食料はプラス3.6%と特に高い伸びを示しています。
値上げの主な要因は円安ですか?
帝国データバンクの調査では「円安」を直接要因とする値上げは1.6%にとどまり、原材料高(99.9%)が最大の要因とされています。
経済学者は円安をどう評価していますか?
日本経済新聞の調査では経済学者50人のうち74%が円安を経済全体にとってマイナスと評価しています。
Future Tokyo円安物価高

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